伝統の漆塗弓と黒色

絵巻物や浮世絵等でみることができる日本の和弓は「黒色」である事が多いですが、なぜ昔の伝統の和弓の多くが黒色なのでしょうか?

葛飾北斎の漫画絵

赤とんぼ 白木の弓に 弦を張り

という古句にあるとおり、自然由来の動物性接着剤の鰾(ニベ)で製作された古来の伝統の白木竹弓は、梅雨から夏の高温多湿の気候では、鰾(ニベ)がゲル化(ゼリー化)し、その間は弓が引けない為、気温・湿度が下がってくる秋に、ようやく白木竹弓が使えるようになる、と赤とんぼの季語を用いて表現したものです。

その為、かつて鰾(ニベ)を接着剤として製作された竹弓は、戦場等の屋外や湿度の高い夏場では、その性質上そのままでは使用不可能だったので、対候性を高めるため等の実用上の目的で、竹弓の節を殺して(節を削りなだらかな曲面にして)弓全体に糸などを巻き、漆(うるし)を塗って塗弓にして使用していました。

そして和弓の塗弓の色についても、ひとつの基準が存在したことが、当時の弓道の伝書を読むと確認できます。以下の大和流弓道伝書の「塗色ノ事」の記載によると、色は「黒」と指定されています。

つまり、「黒色」は伝統の竹弓、その漆塗弓の標準色、になります。大和流は、弓道中興の祖と言われる森川香山先生が、全国を回って各流派の弓術を深く理解した上で体系化し、初めて日本(大和)の「弓道」という言葉を用いてまとめたもので、大和流は特定の流派の教えということではなく弓道一般の総論の教えであります。

塗料としての「漆(うるし)」は、漆の樹液の主成分のウルシオールが化学変化で酸化して固化する性質を利用して、塗料・接着剤として利用されてきました。漆塗は、日本を含む東アジアにおいて、非常に古い伝統があります。日本では漆塗の衣服は9000年前から、漆塗の作業用容器は縄文時代(6000-9000年前)のものが出土しています。植物を原料とした漆は、一定の湿度において乾く特性があり、多湿の東アジア特有の塗料です。その美しい黒色は、もともと木目調の仕上げだったピアノが日本に輸入されて、多湿の日本で素材が変化しないようピアノは黒く漆で塗られ、その美しい漆塗りの黒色が西洋でも評価され、西洋でもピアノが黒色になったという、興味深い話があります。日本では、西洋の科学技術の産物である樹脂の塗料が輸入される前の江戸時代頃までは、漆は高価な工芸品から庶民の生活に必要な漆器に至るまで、無くてはならない、必需品の塗料でした。

そもそも、伝統的には漆塗りの色は、自然な漆の風合いの色の他は、顔料を混ぜた基本色は、伝統的に「黒」と「赤」になります。それは、古来より日本で入手可能だった顔料である第二酸化鉄を混ぜて化学反応させた黒色、赤色の顔料が基本となる為で、その他それらを混ぜた「潤み(うるみ)色」等があります。竹弓は漆塗りにする際に糸を巻き、実用上の理由からも、黒色が望ましかった事が伺えます。一般的には漆塗は、自然な色合いも顔料を入れた赤色も、その色合いも、それぞれの産地の顔料の性質や、漆の乾くスピードなどでも異なり、100%人間が管理できない化学変化の現象により、仕上がり具合は様々な風合いがあります。

以下が、実際のそれぞれ漆と合成樹脂の塗料を塗ったサンプルになります。

(左)漆塗。自然な漆の色合いである生漆(きうるし)を塗ったもの

(中央)漆塗。第二酸化鉄を加えて黒色にした漆で塗ったもの。半艶消の黒色の風合い。漆は100%自然由来の塗料であり、その素材特性からも仕上がりの表面はややざらついた感じで、光が当たると艶があまりない、半艶消しのような状態になります。

(右)合成樹脂の塗料。ツヤツヤの光沢がある黒色の風合い。産業革命以後の科学技術の発展で塗料は微粒子化され、塗膜は平らになり、通常の仕上がりはツヤツヤになります。艶消しのものもあります。

以下は、名弓師の石津重貞製作の伝統の竹弓の漆塗弓(黒色)になります。狭義には、弓師は竹弓の藤放しの弓の製作者を指す場合があり、漆塗りを施す製作者を塗師とわけて呼ぶ場合もありますが、ここでは便宜上、広義に弓師と表現します。黒い漆塗りの、美しい半艶消の色合いです。より艶を出す研ぎ出しのような技法もありますが、実用として弓に塗られた漆塗り弓は、弊社所蔵の伝統の漆塗弓も、このような半艶消しの仕上がりが多いです。

また素材特性として漆は、一般的に弓に使われる合成樹脂の塗料と比較すると、曲げ弾性に対して固い性質があり、弓に強い振動が加わると、合成樹脂の塗料よりも損傷する可能性が高く、より弓に振動を与えない弓射技術が必要となります。この伝統の石津重貞の漆塗弓は、引きこまれた後も漆塗の状態も良好で、代々、高い弓射技術の射手により引かれてきた事が伺えます。

このような和弓の伝統の漆塗の色合いを踏まえ、以下の記事でご紹介したとおり、ミヤタはグラスファイバー弓を発売当初から、合成樹脂の塗料ですが伝統の漆塗弓の標準カラーである「黒色」で塗り、販売してきました。

ミヤタのグラスファイバーFRP弓、一般弓道用として発売

1967年(昭和42年)当時の弓道環境は既に現在のように、武士が職業として弓を引く時代ではなく、学生の部活動や、趣味として弓を引くことが主流の時代になっていました。 …

またミヤタでは、その塗弓の風合いで合成樹脂の塗料にて半艶消しの黒色で塗装した弓を「漆塗弓風」として製作しています。色は黒色を標準としていますが、赤い顔料を混ぜた風合いの潤み色、がオプション色(有料)としてございます。

ミヤタ節付漆塗弓風で弓を引く宮田純治

余談ですが、写真のように会の詰合に入ってからもさらに十分に伸び合い、これ以上引けないやごろに達するまで伸び合って引く為にも、安全上からも写真のように自身の矢束から十分な余分のある矢の長さであるのが望ましく、宮田純治は高段者・弓道師範となって以降も、自身の矢束から十分な余裕のある長さの矢を使用し、指導をする際も推奨しています。

また上記写真撮影時、宮田純治の年齢は既に70代ですが、若い頃より筋力が衰えても、ミヤタ節付漆塗弓風17㎏を引き分けていくときにも、作用反作用の法則で弓の押し戻ろうとする強い力で肩が縮こまること無く、全身を使って引きこなせ、やごろに達し更なる弓手の角見の働きによって離れることができていたのは、下記の記事でご説明したとおり、骨法により弓道の射に最適な骨と筋(筋肉)の働きで弓を引いている為になります。

骨法と素引き

弓道教本第一巻「射法訓」に、「弓を射ずして骨を射ること最も肝要なり」とあります。また、弓道では「骨法」が大事、と言われますが、この弓道における骨とは、どういう…

(出典)

・「大和流弓道伝書」森川香山

・「漆塗の技法書」十時啓悦・工藤茂喜・西川栄明