弓射におけるエネルギーの法則と弓具の破損について②
弓射と弓具の破損の関係については、西洋のアーチェリーと和弓で、全く状況が異なります。それは西洋アーチェリーの弓と和弓の構造・成り立ちを比較する事で、和弓においては破損しない為に何に気をつけなければならないのか、非常によくわかります。
1977年キャンベラ世界選手権アーチェリー男子個人銀メダリストである、亀井孝様のアーチェリーサイト「Pro Select Project」(旧a-rchery.com)の以下の記事で説明されるとおり、グラスファイバー弓が生まれたのは、和弓が最初ではありません。世界初のグラスファイバー弓は、西洋のアーチェリーの弓として生まれました。
第二十四回 世界弓術選手権大会
https://note.com/kamei_t/n/n7e3cb239a0ba
以下の写真は、過去に製作されていたヤマハ製のアーチェリーのグラスファイバー弓(右側)と、1967年第24回世界弓術選手権大会直後に渡英した際に宮田純治が寄贈を受けた、西洋アーチェリーの原型であるイギリスの伝統弓、木製のロング・ボウ(左側)になります。
上記写真の通り、伝統のロング・ボウのほうが弓長が185㎝程とより長く、現代アーチェリーの弓は裏反りがありますが、上記ヤマハのアーチェリーの弓で全長175㎝(リム部分上下それぞれ65㎝、ハンドル部分45㎝)と弓長は短くなり、リム部分は薄く幅広の弓に進化しています。下記の記事でご説明したとおり、「Archery The Modern Approach」(E. G. Hearth著、1966年刊行)によると、その一例として、近代アーチェリーの源流であるイギリスのロング・ボウは、木を削り弓にしたもので、日本の古代の丸木弓のような弓の形状で、現代の西洋アーチェリーの弓よりも長い弓長にもかかわらず、それなりに弓の破損があったようです。とはいえ、木を削った丸木弓のようなロング・ボウが主流だった時代にはそれが実用・競技用として十分通用していたわけで、185㎝程のロング・ボウは、和弓の並寸の弓よりも12寸(36㎝程度)ほど短い、つまり和弓の並寸基準から12寸詰という短い弓でも、自然素材の弦を使い、十分な弓射できていたわけで、馬手離れ射法でも弓長が短くなるほど破損が増えるというわけではないことがわかります。
一方で現代の西洋アーチェリーの弓は、より力学的に効率的な、スキー板のような薄いが平らで幅広の形状に進化しています。上記の写真の弓の比較では、弓長はヤハマ製のアーチェリーの弓長は10㎝程、和弓で例えると三寸程度、ロングボウより短くなっていますが、「Archery The Modern Approach」(E. G. Hearth著、1966年刊行)によると、この形状にすることで弓の衝撃耐性が増し、弓長を短くしても弓の破損が減少したそうです。このようにアーチェリーでは馬手離れの弓への衝撃を、弓の形状の力学的な効率化・芯材の木の強靭化で対応しています。このアーチェリーの弓の変化をみても、弓への衝撃耐性の観点からは対策は弓長を長くすることではなく、弓の幅を広くし単位面積当たりの衝撃を小さくしたり、握り中心に弓を太く、芯材を硬くすることが重要なポイントになります。また弦も、弓射の衝撃で切れない非常に強靭な合成繊維の弦が、この当時に既に製作されていました。
現代のアーチェリーの弓は、ハンドル(握り)部分のパーツは金属が主流ですが、この写真のアーチェリーの弓のような当初のグラスファイバー弓は、このように木とグラスファイバーFRP(Fiber Reinforced Plastic繊維で強化されたプラスチック)を貼り合わせて製作されたもので、より和弓のグラスファイバー弓に近い構成になります。この弓とイギリスの伝統アーチェリーの木製のロング・ボウ、また和弓のグラスファイバー弓と比較して考察することで、様々な事がわかります。
上記の考察の通り、そもそも洋の東西を問わずグラスファイバー弓は、弓射の衝撃耐性を高める為グラスファイバーFRPを用いたのではなく、弓の反発力を高める性能を向上する観点から、グラスファイバーFRPが使用されました。これは、アーチェリーのグラスファイバー弓に着想を得て、ミヤタが和弓のグラスファイバー弓を開発した目的も、同様になります。
以下の先の記事でご説明したとおり、弓射の衝撃に対しては、西洋の馬手離れと弓道の弓手の離れで、解決方法が異なります。アーチェリーは弓の強靭化で対応し、弓を幅広にして単位面積当たりの衝撃を軽減し、芯材を硬い木材のウォールナット等を使用し衝撃耐性を上げています。一方で弓道では、弓を強靭化せずとも、「離れを弓に知らせぬぞ良き」の教えにある通り、非常にエネルギー効率の高い弓手起点の離れ、で既に弓射法で解決しています。上記の事実、自然科学の物理学の視点からも、弓長を長くすることは、弓射における衝撃の緩和とはほとんど関係が無いことがわかります。
これは以下の動画の通り、弓道と同じ蒙古式取りかけ法(二つ掛け)の東アジアやトルコの弓(とりかけは同じタイプだが、弓道と異なり馬手で放す射法)も、現代において同じ幅広の弓の形状に進化しています。つまり、この形状の変化は、馬手離れの射法で放す弓においては、幅広の弓で単位面積当たりの弓射の衝撃の軽減するという、力学的に効率的な変化が必然の流れだったことがわかります。
宮田純治がグラスファイバーFRPを和弓に使用したのは、財団法人全日本弓道連盟(当時)より正式に唯一の和弓代表として派遣された第24回世界弓術選手権大会において、世界トップレベルのアーチェリー選手と弓道の弓具と射法で的中競争する為に、上記のとおり既に存在していたアーチェリーのグラスファイバーFRPの弓に着想を得て、その高い反発力により、より性能の高い和弓を製作する為でした。つまり、グラスファイバーFRPを和弓に使った第一目的は弓射性能向上の為になります。以下で宮田純治が世界で初めて実現したグラスファイバー弓の和弓は、竹弓の内竹・外竹部分を削りグラスファイバーFRPを張り付けて製作したもので、その為芯材はしなやかな竹ヒゴになります。グラスファイバーFRPの竹よりも高い耐久性はその副産物であり、グラスファイバーFRPの和弓が製作された目的ではありません。そもそもの弓道の弓具は、自然由来のデリケートな弓具である竹弓、竹矢、麻弦が基本です。弓道においては、それらデリケートな弓具を破損させない弓射法が基本になり、それを身につける必要があります。それは特別なものではなく弓道の基本である、伝統の教えの弓手の離れの為の骨法であります。
弓長については、和弓の伝統の弓長は元々は三寸伸までですが、弓長を長くすると、会に至るまでの弓の湾曲がなだらかになり、弓にかかる負荷がその分軽減されますが、反面反発力は弱まります。また弓の性能を最大に生かすために、より長い引き矢尺で引く必要があります。弓長を長くすることで竹弓におけるこうがいおきのリスクを一部低減することはできても、上記のエネルギーの法則を見てもわかる通り、離れた後の衝撃は、弓長が長くすることにより回避することはできません。あくまでも、弓手の離れによる弓射法での解決の必要があります。また、グラスファイバーFRPはその素材特性から、竹弓のこうがいおきと全く同じ状態の破損は起こりません。
以下の写真は、弊社が手作りのグラスファイバー弓の人気が上がり、その需要が供給に追いつかなくなり、現在の手作り方式と並行して、別工法でグラスファイバー弓を大量製作をする為に昭和47年に法人化して開始した、スキー工場委託による機械製作による大量製作タイプのミヤタのグラスファイバー弓になります(現在は製作しておりません)。現在も続く弊社の手作り方式のグラスファイバー弓との大きな違いは、機械による安定した自動ムラ取りの必要性から、硬い芯材を使用せねばなりませんでした。弓の幅はアーチェリーのような形状にはできない為、アーチェリーよりも細いものであっても、硬い芯材を使用することで衝撃耐性が上がり、その特徴は、引き分け硬く振動が強い反面、副産物としての馬手離れ・空筈の衝撃に対する耐久性が高いものでした。
ここで重要な点は、いくらこの硬質なグラスファイバー弓が馬手離れや空筈への耐性が強くても、この硬質な弓の特性は大量製作方式の製作上の理由から生まれた副産物的な影響であり、弓を強靭化する目的で製作されたものではありません。この大量製作型の硬質なグラスファイバー弓を世に出した頃、ある弓道師範の方から、「ミヤタが硬質なグラス弓というやたらと丈夫な和弓を作ったために、本来の伝統弓具の取り扱いを学ばない、弓を大事にしない引き方をする者がでてきた。」とのご指摘を受けたことがありました。当時、硬質なグラスファイバー弓を世に出すことでこのような誤解を招いてしまったことは申し訳なく思いますが、弓道においてはどのような弓を使うにしても、竹弓・竹矢・麻弦を扱うように、その和弓の弓具の本質を理解し、それらを破損せずに引く弓射法・取り扱いを、初心者の頃から意識する必要があることは、竹弓しか無かった時代から現在に至るまで変わりません。さもないと、いざ竹弓・竹矢・麻弦で弓射する際に、それができなくなってしまいます。そのような誤解を弓引きの皆様に与えないよう、宮田純治は弓道指導者の師範クラス向けの指導に際しても、本来の弓具を破損しない伝統の骨法、及び伝統弓具の取り扱いを含めて、これまで弓道・弓具の取り扱いの指導をして参りました。
本来の弓道は、これまでの記事でご説明したとおり、デリケートな竹弓、竹矢を可能な限り破損せず、麻弦は300射程度は切らずに弓射できなければなりません。この弊社がかつて製作していた大量製作方式の硬い弓を使用しても、本来の弓道の弓射術は、その芯材の固さによる衝撃耐性に依存しない、「離れを弓に知らせぬぞ良き」の、弓具に振動を与えない弓射で引く必要があります。
また、弦においても、アーチェリーの弦は弓そのものの形状・材質変化による強靭化により、弦も硬質なものが良しとされる一方、弓道の和弓の弦は、悪射がでて衝撃が弓に行く前に弦切れする程度の硬すぎない弦が、弓を破損せず使う為にも、望ましい弦になります。その観点からも、やはり弓道用として弓に優しく、かつ適度のハリがあり性能の良い最良の弦の素材は、古来の自然素材の麻であり、それにより製作された麻弦が最も和弓に適していることになります。合成繊維の弦でも、悪射で弦切れする適切な柔らかさをもった弦の使用を強くお勧めします。弓射の衝撃による弓具の破損は、自然現象の物理の観点からも弱い部分から起こる為、弦を張った状態の弓において、最も弱い部分は、弦である必要があります。
この弓道用の適切な弦については、次の記事で詳しく説明致します。
(出典)
・「Pro Select Project」(旧a-rchery.com)
・「Archery The Modern Approach」(E. G. Hearth著)
・「3 Minutes Friday: Bare shaft and Khatra any difference? 」(Armin Hirmer)