弦音と弓の成 

浦上栄先生の著書「紅葉重ね・離れの時機・弓具の見方と扱い方」によると、弦音と弓の成の関係について、以下のように説明されています。

「昔から、弦音を尊ぶのは尾州竹林派である。故に、尾州竹林派の大家であった関口源太先生の説によると、①額木と弦とは接していないこと ②上下の幅は狭く無い事 ③姫反り節の裏反りが多いこと等が弦音の出る条件だとのことである。それは尾州弓のこと」

との説明があります。つまり、上記の説明によると、「弦音がよい弓は姫反り部分の裏ぞり多く、相打ち部分の関板と弦の距離が離れている弓」、になります。しかし、「相打部分の距離が離れている弓ほど弦音が良い、そういう尾州弓を重宝していた流派ほど弦音にこだわる」、とはどういうことでしょうか?

また、正面打起し射法の源流である本多利実先生の口述伝「弦音について」によると、「深く説明するまでもなく、弦音は弓弦を引き張りて離すときにおこる音であります。・・・(中略)・・・関板に弦がつきすぎている(その為弦音が良くない)のも、皆弦音によって知ることができます。」

それは、今までの記事でご説明してきた、宮田純治が指導し実際に実践してきた射法・射術の通り、弓手で離れ鋭い弓返りをした弓射は、鋭く姫反り部分を弦が打ち、大きく澄んだ弦音が鳴る為です。

以下は、左が宮田純治使用弓(使用弦:麻弦、柔らかめの合成繊維の弦)で、右が硬質の弦で2,000射以上射こんだ弓になります。弓手起点で離れることができると、このように相打ち部分の関板だけではなく姫反りに弦跡が残り、離れの際に鋭く澄んだ弦音を発します。つまり、上記説明の尾州成の弓のように、どうして相打部分の関板と弦の間が広く空いていても(むしろそのほうが)鋭く澄んだ弦音が鳴るのか、という問いの回答になります。弓手起点の離れで高速で鋭い弦の返りがあると関板だけでなく姫反り部分に弦が当たり、弦が当たる表面積も大きくなるため、大きく澄んだ弦音がなる、物理特性としての背景があります。

一見、右の弓の方の姫反り部分のほうが大きく塗装が剥げているので、鋭い角見が利いているようにみえますが、これは硬質な弦の特性によるもので、ヤスリで削られたようにFRPがむき出しになっています。これをみても、硬質な弦が弓に与える影響の一端が確認できます。また、左側の宮田純治使用弓に綺麗に一様に中央についている姫反り部分の弦跡に比べると、右寄りに弦跡がついていますが、これは相対的に角見の働きが弱い為になります。麻弦・柔らかい合成繊維の弦を使用し、弓手起点の鋭い角見を利かせることができると、左の宮田純治の弓の姫反り部分の弦跡のような状態になります。弦が柔らかければ、そのように引けなくても、馬手離れの際に弓に与えるダメージを軽減できます。

また、尾州弓の成の大きな特長、下が強めである点も、弓がより安定し、鋭い矢勢、また的中を生み出す成由来の性能の良さ、という特長になります。堂射で弓の下を切り詰めて下を強くしているのも、矢勢を良くする為であることからも、この物理特性が裏付けされています。また弓の性能と矢勢について、握りの位置と弓把も関係しますが、これは別の機会に詳述させていただきます。

以下は、弓道が趣味であった宮田純治の義理の祖父の遺品である、服部喜寿の潤み(うるみ)色の漆塗弓の名弓になります。弊社の漆塗弓風の色合いのモデル(写真のような千段巻ではありません)の一つでもあります。この服部喜寿の弓は、下が強く、全体がなだらかな傾斜で弓の成が形成されている総成となっている、非常によい弓です。弓把15㎝で弦を張った状態では、相打部分の関板と弦の間は、25mmほどあいた状態になります。宮田純治は、浦上栄先生から、矢勢鋭く性能良い弓はこのように下が強く、全体がなだらかに傾斜して成ができている総成の弓、と教えられ、そのひとつの基準として小指の第一関節が相打の間に入るくらい、間隔があいている弓、というものがありました。実際に、当時の浦上道場で使用していた弓では、この服部喜寿の弓のように、姫反部分の裏ぞり多く下が強く、相打部分が空いた弓が、特に矢勢鋭く的中良く、宮田純治も好んでひいておりました。

以下の写真は、この服部喜寿の弓と、弊社の弓(A型)を並べたものです。ミヤタの弓も、古来の尾州弓の名弓や、この服部喜寿の名弓よりはずっとおとなしい成となっておりますが、それでもミヤタの弓は、全体がなだらかな傾斜で成を形成する総成となっており、下が強めでこの伝統の弓の特徴のような、性能を重視した成となっています。性能重視タイプとはいえ、和弓の性能と耐久性の相反関係を考慮に入れても、グラスカーボンFRPの素材特性の耐久力の強さにより、こうがいおき、首折等の破損のリスクを軽減しています。

上記の引用については、基本的に弓射と弦音の関係、及び古来の竹弓についての弦音の説明になります。

では「グラスカーボンFRP弓は、素材特性としての弦音についての特徴はあるのか?」という問いについては、内竹部分のしなやかながら硬い表面のFRPに塗装を施した弊社のグラスファイバーFRP・グラスカーボンFRPの弓は、正しく離れて姫反りに弦が当たった時に、良い弦音が鳴ります。これも、自然科学の物理学の視点で説明が可能です。

音は、自然科学の物理学では「音波」で定義される通り、「波」の性質を持つ物理現象です。その強さは単位面積を単位時間に通過するエネルギ−として定義されます。当たる面積が広いほうが音が大きいのは、物理学の視点からも明らかになります。

また、お風呂に入ると、音が反響して大きく響いた音が出るのは皆様ご経験があると思いますが、硬く密度が高い物質は音が伝わりやすい性質があり、塗装を施したFRPは、この物理特性からも良い弦音がなります。素材特性比較の例では、音楽のエレキギターの工作キットを自分で工作し、塗装まで行ったことがある人等は感じることですが、塗装をしない木のボディから鳴る音と、塗装後では、塗装後のものの方が音がより反響して大きい音が鳴ります。これは、音波は空気を伝わる波であり、宇宙空間などの真空状態では音は鳴りません。固い物質に当たると大きく響きます。また、木や竹等の維管束がある植物由来の素材は、そこから空気を伝い音が一部吸収され、出る音に差がでる為になります。

このようにグラスファイバーFRP弓も良い弦音が鳴りますが、宮田純治は指導において、「弓は楽器ではない。弓返り、弦音は射の結果生ずるものであり、最初から弓返り、弦音を気にしないほうが良い。弓返りは手の内が正しくできて弓手で離れることができれば、自然に返るものであり、その結果として姫ぞりに弦が鋭く当たれば、良い弦音が鳴る。無理に弓返りさせようとすると、手の内を緩めたり射が崩れてしまう。弦音の良し悪しは、昔から弓射技術の判断基準とされてきたものである。それよりも、弓については常に弓把を高くしてピンと張力が保たれるようにして、弓射においては手の内をはじめとした基本を守る事のほうが、ずっと大事である。うまく手の内ができずぎゅっと握ってしまい弓返りしなくても、それでも正確な手の内を作り、角見を利かせ弓を捻る努力をする稽古を積み重ねるほうが、重要である。理想通りにできなくて、弓返りしなくても、弦音が鳴らなくても、正しい射法で地道な稽古を積み重ねれば、必ず正しい手の内で鋭く角見が利いた射が出た時、姫反りに当たり良い弦音がする。」そんな指導を普段からしています。

ちなみに宮田純治は、普段は若い頃より現在まで自身の製作したグラスファイバーFRP・グラスカーボンFRP弓を引いていますが、箱根で弓道大会が開催されたときに、箱根出身である義理の祖父の追悼の意をこめ、この服部喜寿の名弓で大会に臨みました。宮田純治は、この弓でも鋭い弦音を鳴らし、その弓道大会で優勝しています。

ニベで製作された伝統の竹弓は、上手な射手が弓の性質を良く把握し、破損につながる諸注意事項を守り、丁寧に扱えば長い年月を通じて使用可能な場合もあり、この弓も塗弓にして末永く愛用されていました。

(出典)

・「紅葉重ね・離れの時機・弓具の見方と扱い方」(弓道範士十段 浦上栄 著 浦上直・浦上博子 校注)

・「弦音について」(利実翁射術小論集:本多利実翁口述)

・一般社団法人「日本音響学会」ホームページ