弓道用の弦

弓道の弓具は、そもそもは竹弓、竹矢、麻弦しか無かったことからも明らかなように、弦は麻弦が基本になります。本来は、どのような弓を使うにしても、「離れを弓に知らせぬぞ良き」の弓射で、麻弦で300射、弦を切らずに引けることが、弓射の基本になります。

近年は麻弦以外の合成繊維の弦も様々なものが、弓道用として弓具店でも販売されています。その中には一部、弊社の弓で弦の製作者と検証できている、しなやかな弓にあう硬すぎない合成繊維の弦もありますが、中には弓によって使用を控えたほうが良い、硬質な弦も多く含まれています。そのような現況では、弓を痛めず壊さずに弓を引く為に、お使いの弓の性質に合わせた適切な弦の選択は、非常に重要になります。

この弦の問題は、竹弓の弓師、永野一萃も公式ホームページにおいて、「合成繊維の弦の使用者必見」として、竹弓のようにしなやかな弓には、弓を壊さないように麻弦をはじめとした弓に負担の少ない弦を使用するよう、強く注意喚起を促し続けています。永野一萃はカーボンFRPを入れて強化した竹弓を製作販売しましたが、その永野一萃のカーボンFRPで強化された竹弓でも、自社の公式ホームページにてここまで、硬質な合成繊維の弦の使用について警鐘を鳴らす程、硬質な合成繊維の弦は悪射で弦切れしなかった時に弓に与えるエネルギー・ダメージが、非常に大きいことがわかります。

その物理法則は、しなやかで良質な芯材を用い、引き分け柔らかく矢勢良い弓を実現している弊社のグラス弓・グラスカーボン弓にも、共通して当てはまる重要な注意事項になりますので、以下のとおり永野一萃公式ホームページの内容を、ご紹介させていただきます。

弓にやさしい麻弦・経済性の合成弦 (和弓工房 永野一萃

※(注)下記永野一萃の記事に、射法と弓具の関係で数点補足が必要な為、文末の(注)もご参照下さい。

弓射による弓の破損は、竹の素材特性から起こる「こうがいおき」だけでなく、弓が受けるダメージの大きさ等によって様々な破損があります。グラス弓・グラスカーボン弓においては、内竹・外竹部分に使われているFRP自体に竹のこうがいおきと同じ破損はおきません。その為、永野一萃が説明するような弓長を長くしてこうがいおきに備えるような対策は、グラスファイバー弓・グラスカーボン弓では必要無く、弊社は元々伝統の弓長である三寸伸までかつて製作し、現在は並寸・二寸伸のみの製作をしています。しかし、竹弓より頑丈な素材特性があるとはいえ、使用する弦の問題、酷い馬手離れや空ハズの弓射の状態、弓把の低さによる弓の不安定さで、竹弓と同じように破損の物理現象が起こる可能性があること、それはどのような物理法則により破損するのか、以下の記事で詳しく説明しています。弓長を長くすることで、離れの衝撃を回避できないことも、説明しています。

弓射におけるエネルギーの法則と弓具の破損について①

弓道に限らず弓射の物理現象は、矢を弦につがえて弓を引いた分、湾曲した弓が元の形に復元しようとする力の位置エネルギーである弾性位置エネルギー(potential elastic e…

弓射におけるエネルギーの法則と弓具の破損について②

弓射と弓具の破損の関係については、西洋のアーチェリーと和弓で、全く状況が異なります。それは西洋アーチェリーの弓と和弓の構造・成り立ちを比較する事で、和弓におい…

浦上栄先生の著書「紅葉重ね・離れの時機・弓具の見方と扱い方」(弓道範士十段 浦上栄 著 浦上直・浦上博子 校注)の「弓具の見方と扱い方 第四章 弦」の説明では、「(麻)弦の寿命は、昔から三百本責任と言い伝えられている。その意味は、弓を引いては離す事三百回に及ぶと、弓が相当疲労する。一度弦切れがあると(竹弓の)裏反りが急に多く出るので、三百の疲労をこの1本の弦切れで取り返すからである。故に弦の長く保つばかりが良いのではなく、弓の調子保存の関係からは、三百本くらいで切れるのが良い。」と説明されております。

弦と弓把について

古来、弓道の弓具は竹弓、竹矢、麻弦のみで、それでもどうやって、堂射で30-50kgともそれ以上とも言われる強弓で、自然由来の麻の素材で製作されたデリケートな麻弦をすぐ…

宮田純治が1967年の第24回世界弓術選手権大会に参加するにあたり、当時はグラスファイバーFRP弓も、弓道用のジュラルミン矢、合成繊維の弦も無く、全て宮田純治が自分で自作したりして用意したものです。弓道用の合成繊維の弦についても、宮田純治が1967年第24回世界弓術選手権大会に出場するにあたり、弓道用には麻弦しか無かった時代の為、弓道用の合成繊維の弦を初めて自作しました。それは、麻弦よりは弦切れしない程度の強さを持ちつつも、竹弓をベースに製作した自作のグラスファイバーFRP弓の成をおかしくしない程度の弦の張力で、かつ悪射が出た際には弦切れする程度の強度の弦です。20-25kgの弓力の弓を用い70m、90mを飛ばす超高難度の弓射で、消去法で柔帽子のゆがけを使用せねばならなかったこの大会で、麻弦よりは耐久性があった為144射を2ラウンド行う、非常に多くの矢数をかける本大会において、麻弦と併用して自作の合成繊維の弦もスムーズな進行で行射を行う為に、一定の役割を果たしました。

弊社所蔵のヤマハのアーチェリー弓で使用していた硬質な合成繊維の弦:

ミヤタが和弓のグラスファイバー弓を開発する以前から、アーチェリーでは馬手離れの強い振動でも弦切れしない程の、アーチェリーのグラスファイバー弓用に硬質な合成繊維の弦が製作され、使用されていた。以下は、弊社所蔵のヤマハ製のアーチェリーのグラスファイバー弓と使用されていた市販の合成繊維の弦。

上記の合成繊維の弦は、アーチェリーの馬手離れ射法でも弦切れしないほどに非常に硬質で、竹弓ベースのグラスファイバー弓では弦の張力が強すぎて成をおかしくしたり、デリケートな和弓では弓射の衝撃で弓が破損する場合もあり、宮田純治は、1967年第24回世界弓術選手権大会に使用する為、弓道用として適切な硬さの合成繊維の弦を、以下のように初めて和弓用に自作しました。つまり、弓道用の合成繊維の弦の起源は、弦を強靭化するのではなく逆に和弓用に軟化させ、悪射で弦切れする、硬すぎない弦に仕上げたわけです。もともと存在したアーチェリー用の強靭な弦を、弓道用に適切な強度に調整した合成繊維の弦を、宮田純治が自作しました。

宮田純治が自作した合成繊維の弦の写真:合成繊維でも硬すぎず、しなやかな弓でも弓の成をおかしくせず、和弓の性質に合う弦に仕上げた。寄贈を受けた木製のロング・ボウにも、この自作の弦を用いた。

自作の弦製作機の写真:この弦の製作機を自作し、1967年第24回世界弓術選手権大会に自作のグラスファイバー弓と使用する為、上記の合成繊維の弦を製作した。

西洋のアーチェリーは弓の強靭化により、弦も硬質なものが良しとされる一方、弓道用の弦では、硬質な弦の使用は弓の破損につながる場合があります。弓道の和弓の弦は、悪射がでて衝撃が弓に行く前に弦切れする程度の弦が、弓を破損せず使う為にも、望ましい弦になります。その観点からも、やはり最良の弓道用の弦は、古来の麻弦になります。合成繊維の弦でも、悪射で弦切れする程度の適度な弓道用の弦の使用をお勧めします。

実際に、宮田純治が1967年の第24回世界弓術選手権大会に出場した際には、弓道用のグラスファイバーFRP弓もジュラルミン矢も合成繊維の弦も無かった為に、全てを自作して臨みました(矢羽根をつけた弓道用のイーストン製ジュラルミン矢のセットアップ等、矢師の曽根正康先生に多大なご協力を頂きました)。

弦も、大会の性質から、麻弦と併用で自作の合成繊維の弦も使用しています。この大会は、男子は30m、50m、70m、90m(男女で距離が異なり、90mは男子のみ)のそれぞれの距離を、36射ずつひいて計144射が1ラウンドとなり、2ラウンド行われる競技になり、矢数の上でも相当な矢数になります。適度にハリがあり性能としても最高の性能を持つ麻弦も、どうしても強弓では弓射数が多いと弦切れのリスクが高まり競技進行上の問題があり、麻弦の他、自作の合成繊維の弦も併用しました。その時製作した弦は、麻弦よりも強靭ながら、弓道用に適度な硬さの合成繊維の弦でした。

World Archery Championships 1967に向けた弓具研究③ 矢、ゆがけ、弦

矢は、以下の矢を、ジュラルミン矢含め、矢師の曽根正康先生が製作してくださいました。 矢 ・竹矢(一文字、麦粒、竹林[堂射用の矢]:曽根正康作) ・ジュラルミン矢(…

衝撃による弓具の破損は、弱い部分から起こる為、弦を張った状態の弓において、最も弱い部分は、弦である必要があります。それは、悪射がでた際に弦切れして弓に与えるダメージを軽減でき、弓が破損する確率を下げることができるからです。それ以前に、弓道の弓具はもともと竹弓、竹矢、麻弦が基本ですので、麻弦のみの時代は、必然的に弓に弦を張った状態において、弦が最も弱い部分という状態になります。しかし、近年の硬質な合成繊維の弦で悪射がでても切れない場合、そのエネルギーが弓への衝撃となり弓に大ダメージを与え、軽度でも矛先の痛み・塗料の割れや、ひどい場合には本体の芯材・FRPに至る修復不可能な破損に至る場合があります。上級の射手でもときには悪い射はでるもので、その観点からも使用する弦は、悪射が出た際は弦切れする程度の適切な硬さの弦をご利用になることを強くお勧めします。

弦の張力が強すぎて、弓を張った状態の成がおかしくなった、馬手離れの弓射が出た際に弦が左右に振動し弦が矛先を削り弓の矛先が痛んでしまった、弓を張りっぱなしにして(常に張力をかけた状態にしておくのは弓に負担を与えます)弦が食い込んた跡が大きくついてしまった、関板や塗装のダメージが大きい、使用頻度が低い段階でも弓の塗装がひび割れた、弓射で弦切れせずに弓のほうが破損した、等の経験がある方は、お使いの弓に対して弦が硬すぎる可能性が高く、自身の射を振り返るとともに、使用する弦を見直すことを強くお勧めします。弦が切れずに弓が壊れる、という現象自体が異常事態ですが、昔は麻弦しかなかった為、古来の指導・弓具の扱いには、硬質な合成繊維の弦の取り扱いについての注意は当然ありません。その為、永野一萃等の竹弓の弓師が警鐘を鳴らし続け、弊社もこのような注意喚起をせざるを得ない状況です。

麻弦以外の合成繊維の弦でも、昔ながらの合成繊維の弦の製作者が、弊社の弓で検証とりながら適切なしなやかさ・硬さで製作されている、弊社のしなやかな弓に適した合成繊維の弦も存在します。現在使用している弦がミヤタの弓に合っているのか、ミヤタの弓の使用を検討していて使用する弦が何が適切か等ご相談などあれば、以下のお問い合わせフォームよりお気軽にお問い合わせください。または、弊社製品のお取り扱いがある弓具店様に、お問い合わせください。

お見積もりのご依頼・お問い合わせ

弓をご希望のお客様は、弊社の弓のお取り扱い弓具店様でお申込みいただくか、直販でのお申込みの場合は、お問い合わせフォームより、下記内容をご記入いただき、お見積り…

(注1):永野一萃ホームページの記事に、先手(さきて、弓手、押手の事)の強いひねり、とありますが、大三から弓は弓手の手の内で鋭くひねらねばなりません。弓に問題を起こすひねりは、大三の引き分け前のひねりです。正面打ち起し等で、大三に移行する過程で、引き分ける前(その為ひねりやすい)に勢い余って弓をひねってしまうと、出木など弓の成をおかしくする故障の要因となることがあります。大三からは、むしろひねらないでベタ押しすると、竹弓のこうがいおき等の破損の他、弓返りも力が足りず、入木の成の効果で弓返りする程度で、姫反りに当たるほどの高速の弓返りがしません。弓を大三から鋭くひねることで、物理学のモーメントの原理で弓の単位面積当たりの力が分散され、故障も起きにくくなります。詳しくは、「手の内」、「手の内の働きと弓の握りの太さ」の記事をご参照ください。

(注2):永野一萃ホームページの記事に、上押しの力は、特に手の内の最後の角見の働きでかける為、全くかけないわけではありません。程度の問題になります。詳しくは、浦上栄先生の著書「紅葉重ね・離れの時機・弓具の見方と扱い方」(弓道範士十段 浦上栄 著 浦上直・浦上博子 校注)に詳細な説明がありますので、ご参照ください。

(注3):永野一萃ホームページの記事に、「会」での矢束の取りすぎ、とありますが、弓道の射法では「引かぬ矢束」でこれ以上引けないくらい、めいいっぱいに引いた矢束が最上の矢束になります。これもめいいっぱい矢束をとり引きながら弓の故障を避けるために、上記手の内のモーメントの原理で、大三から手の内で弓をひねってないと弓への負担が一点にかかりやすく、手の内のひねりが重要になります。記事中に説明があるとおり、グラスファイバー弓、グラスカーボン弓にはこうがいおきと同じ故障はおきませんので、対策として弓長を長くする必要は無く、また弓長を長くすることは離れの衝撃の緩和にはなりません。竹弓でも、三寸詰、五寸詰等の弓長の短い弓は、矢束の短い射手の為に存在した弓ではなく、堂射用で、実用として使用されていました。また、弓長を伸ばすと、弓の能力を最大化するための引き矢尺も、その分長くとらねばならなくなります。詳しくは、「手の内」、「弓道の矢束とアーチェリーのクリッカー」、「堂射で極まる弓手起点の離れとそれを支える新弓具、及び射の基礎となる伝統の骨法」、「弓射におけるエネルギーの法則と弓具の破損について②」、の記事をご参照ください。

(出典)

・「和弓工房 永野一萃」公式ホームページ

・浦上栄先生の著書「紅葉重ね・離れの時機・弓具の見方と扱い方」(弓道範士十段 浦上栄 著 浦上直・浦上博子 校注)