弓射における諸問題:弓道と世界の弓射におけるその問題解決方法の違いについて

弓に弦を張り、矢をつがえて引く、という弓射そのものについては一見簡単そうですが、実際にはパッと直感的に想像するよりもはるかに複雑な物理現象が起こっています。ただ弓を引いて矢を放つという行為そのものには、原始的な弓矢においても、現代の西洋及び弓道の射においても、矢をまっすぐに飛ばすために、共通して解決しなければならない様々な問題があります。弓道においても、射法訓原典の前段に「機微の間に千種万態の変化を生じ容易に正鵠を捕捉するを得ず(ちょっとしたことで弓射はありとあらゆる変化がでてしまい、なかなか矢は的に中らないものだ)」、という説明があり、西洋の物理学が日本に導入される前の江戸時代から、この弓射で矢が飛ぶ物理現象は非常に複雑で、なかなか矢はまっすぐに飛ばない事を、よく説明しています。

その為、弓道の弓具を使って矢をまっすぐに飛ばす為に、射術を磨くという自己研鑽だけでなく、和弓の弓具が弓道の射法においてどのような働きをしているのか、どうして弓・矢・ゆがけ等が、和弓の弓具のような形状になっているのか、その仕組み・働きについて理解を深めることは重要で、かつ自然現象としてどのような法則が弓射にあるのか、理解をできるかぎり深めておくことは、弓具を傷めず自身も安全に、かつ矢勢よく的中良い射を実現する為にも、有用な事と思います。

弓に弦を張り、矢をつがえて放す、という弓射は、世界の弓射で共通して解決しなければならない問題が、大きく二つあります。

問題①:そのまま馬手で放すと、矢及び矢羽根と弓が接触してしまうその接触で矢はバランスを崩しやすく、かつ中心から右側にそれて矢が飛んでいく(弓道のような蒙古式射法で右打ちの場合)

弓道を含む東アジア・トルコの蒙古式取りかけ法においては、発射時に弓をひねりそれを回避します。弓道では、発射時のみではなく大三から手の内で引き分けると同時に弓にひねりを加えていきますが、もともとの大きな目的は、共通しています。そのため、矢を弓の右側につがえる(弓道のような右打ちの場合)必要があります。さらに、弓の形状としては、入木の弓が都合がよく、日本の和弓も入木になっています。

西洋のアーチェリーの地中海式取りかけ法においては、右打ちでは弓の左側に矢をつがえ(左打ちは逆)、矢がうまく弓を蛇行して矢羽根が当たらないようにチューニングするアーチャーズ・パラドックス現象によりこの矢・矢羽根と弓の接触の問題を回避しています。地中海式取りかけ法は西洋のスポーツ弓射で発達したもので、この射法と弓具により、弓手で弓をひねらずに弓手は固定し、射手は馬手で放す事に専念できる、という馬手で放す西洋のスポーツ弓射の前提で、射法・弓具が進化しています。その為、馬手を利き手にすることが大事で、右打ち・左打ちがあります。

問題②:馬手で放すと、矢が蛇行してしまう弓道以外の世界の弓射では(本来蛇行は望ましくはないが)大きな問題とならなくても、弓道の長尺の矢ではその蛇行で矢がバランスを崩しやすく、問題となる。

弓道の蒙古式射法の取りかけ法も、西洋アーチェリーの地中海式取りかけ法も、一定以上の強い弓力の弓をひくために進化した取りかけ法です。「弓道教本 第一巻」(全日本弓道連盟)にも、「弓は発射の器であるから、力の強い弓がよくものを射る目的を達することをはいうまでもない。あらゆる古代民族の弓は、みなこの目的によって発達してきたであろう。」との説明があります。強い弓力の弓を引くことが優先された結果、発射時の左右のバランスは崩れてしまいます。これらの取りかけ法で馬手で放すと、発射時に左右のバランスが保てず、弦と矢は蛇行します。

ただ、弓道以外の世界の弓矢は短く、蛇行したままっすぐ飛び蛇行が収束する為に、ここは大きな問題となっていません。弓道以外の世界の弓射は、馬手離れによる矢の蛇行が前提となっています。西洋の弓射はその蛇行を前提として矢と矢羽根が弓に接触することを回避するアーチャーズパラドックスがある為に、この矢の蛇行の問題はむしろ弓射に利用されています。

しかし、弓道の長尺の矢では、細く軽い竹矢や細いジュラルミン矢等では特に、馬手離れで発射時の蛇行が大きいと長尺の矢はバランスを崩しやすく、まっすぐに飛ばない、また弓具の耐久性の観点からも、弦や弓への振動・衝撃で麻弦や柔らかい弦は切れやすくなります。強い振動・衝撃が加わると弦が柔らかければ弦が切れ、弓へのショックが軽減されますが、弦が固すぎるとそれでも弦が切れず、弓の破損につながる場合もあります。つまり、馬手離れはその衝撃で弓具へのダメージも大きい等、様々な問題があります。弓道では、なるべく発射時に弦と矢の左右のバランスを保ったまま、矢をまっすぐに飛ばさねばなりません。弓道の射法では、発射時に弓をひねる東アジアの射法を、さらに進化させています。その矢の蛇行の解決方法として、むしろ馬手は堅帽子のゆがけでガッチリと固定してしまい、弦も弦枕と弦道の溝に弦をしっかり沿わせて、弓手の手の内の働きに特に集中できるようにして、弓手の角見の働きでゆがけの弦枕から弦を外すという仕組みで、発射直前まで矢と弦の左右のバランスを保って発射する射法、という西洋のアーチェリーと真逆の弓具・射法の進化をしてきました。この弓手起点の射法により、デリケートな和弓にもほとんど振動を与えず、矢勢よく的中良く、かつ弓具も痛まない両得の解決がされています。

和弓の馬手離れとアーチェリーのアーチャーズパラドックスについて

アーチェリーでは、矢をつがえている馬手ではなす(リリースする)ことが弓射の基本であるのに、和弓ではどうして馬手離れが問題となるのでしょうか。 それは、アーチェリ…

以下の動画では、東アジア・トルコ系の弓を使用した蒙古式取りかけ法(弓道を含む東アジアの弓射共通の取りかけ法)で弓を引く動画になります。前半で弓をひねらず引いた場合、後半で弓をひねって引いた場合の弓射が、スローモーション動画で、弓道の射法・弓具との共通点、及び相違点を確認することができます。

前半の弓をひねらない射は、離れの瞬間に大きく蛇行した矢が弓に当たり矢の方向性が変わってしまい、矢はバランスを崩して飛んでいます。弓道にはこの問題に加え、引き矢尺が長く顔を超えて弦を引く為、この引き方ではまっすぐに戻る弦で顔を打つリスクがあります。そのような射がでてしまうと、初心者では弓射に対する恐怖感がその後も残る恐れがある為に、古来より弓道初心者への指導は、まず適切に弓をひねれるよう正しい手の内を教え、素引きで骨法を育成し、矢をつがえて離れる際に顔を打たぬよう、指導者は細心の注意を払って指導してきました。

後半の射は弓をひねることで、弓と矢の接触を避けることができ、矢も蛇行しながらもまっすぐに飛ぶ様子が確認できます。馬手で放つと、気をつけて放しても弓道を含む東アジアの蒙古式射法の取りかけ方法の離れは左右がバランスしてない為に、弦と矢が離れた瞬間から矢をつがえた弦が左右に振れ、その為矢が振動してしなることにより弾性的位置エネルギー(elastic potential energy)をもち、矢のシャフト(の)の形状が原型に基に戻ろうとする現象が繰り返され蛇行運動する要因となります。弓道は三つ掛けでは人差し指と中指、四つ掛けでは更に薬指を加えてとりかけるので、馬手の引く力が強くなる一方で馬手の発射時の左右のバランスを保つことがより難しくなります。その為、矢を真っ直ぐに飛ばす為に、弓手の角見の働きで堅帽子の弦枕から弦を外す弓手起点の離れの射法が、弓道では重要となります。特に近的でも弓力の弱い弓で細い竹矢・ジュラルミン矢を飛ばすとき、また遠的用の細い竹矢を強弓で飛ばすとき等、竹矢・ジュラルミン矢の細い矢を飛ばす高難度の弓射では、とりわけ弓手起点の離れでないとなかなか矢がまっすぐに飛ばない事は、これらの背景を知る事でも深く理解することができます。

弓手起点の離れと堅帽子のゆがけ

第24回世界弓術選手権大会(World Archery Championships 1967)は、宮田純治にとってグラスファイバーFRPの和弓を開発する契機となった他、もうひとつ非常に重要な発見が…

一方、上記の問題をクリアにしても、馬手離れが弓に与える衝撃の問題は残ります。離れた後に、弦が大きく振動してる様子が動画で確認できます。当然弓にも、その衝撃が伝わっています。その馬手離れの衝撃を軽減し弓の破損を避ける為にも、上記スローモーション動画でも確認できるとおり、スキー板のような幅広の弓の形状になっています。それは、以下の記事でご説明したように、発射時の衝撃を分散しより力学的に効率的な形状に進化した結果スキー板のような幅広の弓になり、逆に弓長を短くしても弓の破損が減ったことは、「Archery The Modern Approach」(E. G. Hearth著、1966年刊行)」で説明されている通りです。

握りの位置と弓把について

弓把は握りの上の位置で弦との距離を五寸程度(約15㎝)に張る、と一般的に言われていますが、その目的は弓把を高く、弦を弓がピンと張った状態に保つことで、弓射による…

弓道の和弓がそのようなスキー板のような形状の変化が起こらなかったのは、弓手起点の「離れを弓に知らさぬぞ良き」の射法で、蛇行はなるべく小さくまっすぐに矢を飛ばす、弓にダメージを与えない射法がすでに古来より確立していた為と思われます。つまり、和弓の弓具は、その弓手起点の射法が前提で成立しています。岡内木先生の解説では、それはオウムの離れとして、以下のように説明されています。

「勝手(馬手)は克く押手(弓手)の命令を受けて共同の仕事をするのであります。(中略)弓と云ふ物は遠い所へ矢を送る自分の本職の他に通信機となって働いて居ます。それ故に左からの命令、右からの答信はみな、弓はこれを知ります。知れば弓の本職にも差し障りますから、通信は成る可く静かに細かく弓に知られぬ様にせねければなりません。『離れを弓に知らさぬぞよき』(弓道教歌)とはこんな意味であらうと思ひます。」

麻弦で弓射するとよくわかりますが、弓手起点の離れで鋭く弓返りした場合、デリケートな麻弦でも残心でほとんど弦が振動しません。会に至った時の湾曲した弓の弾性的位置エネルギーが、離れにより運動エネルギーに変換されて、それが余すところなく矢に伝わった為で、弓にも衝撃がほとんどなく、弓具が痛まない弓射になります。巻き藁の距離でも、矢はほとんど振動せずに巻き藁に矢が刺さることが確認できます。一方で弓を少しひねって離れで弓返りしても、それが不十分だと、しなやかな麻弦が残心で振動しているのが確認できます。巻き藁にささった矢は矢筈付近で振動したり、まっすぐでない傾いた矢の刺さり方をしたりします。

和弓の形状のまま馬手離れの衝撃の耐久性を上げる弓を製作するには、弊社が昭和47年頃より行っていた、スキー工場生産委託の機械生産方式のグラスファイバー弓(現在では弊社で製作しておりません)で、安定多数生産の為に芯材に固い木を使用すると、馬手離れに対する衝撃耐性はさらに強くなります。一方で、しなやかな弓の弾性が相殺される相反関係があり、離れの振動も強くなります。それは、下記の記事で浦上栄先生が竹弓の特性について説明している通り、竹弓・グラスカーボン弓共通の物理特性になります。
 
弓の性能と耐久性の関係

浦上栄先生の著書「紅葉重ね・離れの時機・弓具の見方と扱い方」(弓道範士十段 浦上栄 著 浦上直・浦上博子 校注)の「弓具の見方と扱い方 第五節 弓の性能」の説明によ…

特に遠的や遠矢のような高難度の弓射において、できる限り遠くへ、可能な限りまっすぐ飛ばす弓はしなやかで軽く、高い弾性を持つ弓が適している為、相反する性質となります。西洋のアーチェリーでは70mが基本で、宮田純治が参加した1967年の世界弓術選手権大会は男子でも90mが最長でしたが、和弓は江戸時代120mの距離で5mの天井の弾道制限がある三十三間堂の廊下を、通し矢で通すことができたのも、この弓道の射法と弓具の特性の為になります。
World Archery Championships 1967  グラスファイバーFRP製和弓の挑戦

1967年6月25日、オランダ アメルスフォートで開催されたWorld Archery Championships 1967の第一日目が、開会式の後、昼近くから競技が開始されました。晴天には恵まれた…

デリケートな伝統の竹弓や麻弦、竹矢を使用した弓射においては、一般的なグラスカーボン弓よりもさらに、弓具に振動を与えない弓射が求められます。その為、弓道では弓具を痛めず自身も安全に、かつ矢勢よく的中良い射を実現する為にも、古来より日本の弓術・弓道において長年研究され洗練されてきた正しい射法を身に着けることが、遠回りのようで近道の方法になります。初心者ではなかなかその離れに到達しないため、矢をつがえて的前で弓をひく前に、弓射に最適な骨と筋肉の使い方である骨法、特に弓手の角見の働きで弦が堅帽子のゆがけの弦枕から外れる程に、引き分けから鋭く弓をひねる手の内を養成する為、まずは弓具を壊さないように弓力の弱い弓を使い素引きや巻き藁で、古来より稽古がされてきました。

骨法と素引き

弓道教本第一巻「射法訓」に、「弓を射ずして骨を射ること最も肝要なり」とあります。また、弓道では「骨法」が大事、と言われますが、この弓道における骨とは、どういう…

上記の弓射の問題の課題解決の弓道における解説については、稲垣源四郎先生の著書「絵説 弓道 全」でも手の内の働きで弓がひねられて離れることで、矢がまっすぐ飛ぶ仕組みが詳述されています。稲垣源四郎先生は、早稲田大学理工学部をご卒業され、全日本弓道連盟においても、科学研究委員会委員長を務めていらっしゃいました。自然科学の物理学の素養を背景に、弓道・弓具の物理的な実験を行ったり、その仕組みについて物理学の視点からの説明が多くされ、古来の弓具・弓射の合理性を解説しています。

残念ながら現在弓道・弓具の古典等で辿れる情報には限りがあり、また当然西洋の物理学が日本に導入される前の説明では、日本の弓道の弓具の長尺の弓長、弓の形状、握りの位置、またその弓具をつかった射法等について、どのような物理法則でそうなっているのか、自然界の物理現象と紐付けされた正確な根拠が、現在でも不明なものがそれなりにあります。

しかし、宮田純治が堅帽子のゆがけの物理的な機能を再発見したように、長い歴史を持つ弓道の射法と弓具は、その多くが自然界の物理法則にかなった合理性を持っています。弓道の弓射や弓具の特性や合理性について知る事は、それら先人の叡智を再発見する考古学的な楽しさがあります。上記ように世界の弓射や弓具と比較することでも、その一部を検証することが可能であり、また研究自体少ないですが、昭和の初期にも物理学の専門家による古来の弓射・弓具の合理性についての研究結果もあり、またの機会にご紹介致します。

取りかけ方法については、世界で様々な異なる、または共通の進化をとげており、弓道の弓射を理解する為にも、非常に重要なポイントになります。その違いとそのメリット・デメリットについて、次の記事でご説明します。

英語の説明になりますが、弓道の蒙古式取りかけ法で蛇行する矢を弓をひねる事により弓と矢・矢羽根が接触することを回避する方法は、「Khatra technique カトラ・テクニック」と英語(Khatraの原語はペルシャ語)で名付けられており、トルコ・韓国・日本等の東アジア共通の弓射法として分類されていますので、関心ある方は以下の記事を参考として御覧いただければと思います。

Khatra - The Archery Technique - Archery Historian

Khatra or Khatrah in archery is a style of release. It is emphasized in certain traditional archery styles such as Turkish archery and Kyudo.

(出典)

・「Effect of Torque (Side Khatra) Technique with Thumb Draw (Slow Motion)」ryddragyn

・「Khatra - The Archery Technique」Archery Historian

・「弓道教本 第一巻」(公益財団法人 全日本弓道連盟)

・「射法訓」吉見 台右衛門(順正)

・「絵説 弓道 全」稲垣源四郎著

・「岡内木先生的前射法(口述記録:宇野要三郎他)」

(参考)岡内木範士: 嘉永元年(1848年)生まれ。文久3年(1863年)3月28日、大的(遠的)1,000射のうち997中し、藩主より賞ぜられる。大正12年(1923年)に「日置流竹林派弓術書」を著す。門人多く、初代全日本弓道連盟会長の宇野要三郎もその一人。